時の話題 「断牌」

 田舎の新聞社とはいえコラムや社説、記事を書き生計を立てている人は文筆家と言われこの仕事を止めるのを断筆という。記者はじめ新聞業に携わる人は経験が長いほど地域社会のことも多く知り文章も熟達してくるので小社の場合、過去に70歳を超えても働く人がいた。創業者の前田彰翁は亡くなる前まで健筆を揮っていた。
 筆者個人も70代に乗り往年の鋭さはなくなったものの、記者連中には負けないとの自負はあるが、人の名前同様、熟語や慣例句だけでなく過去の出来事、政治や経済の用語も忘れるようになった。
 一言で言うと頭の衰えということになる。
 年を取ると断捨離しその日の準備をしておかなければならないようだが、東京の学生時代以来、札幌、稚内と引越してきた際にも筆者の後を追うように付いてきた蔵書のほとんどは富岡→朝日に引越す時、処分した。
 処分と言えば友人だった故M氏から譲り受けた自動麻雀卓も過日某会社の会長に譲り渡した。身を崩すかと思えるほどのめり込んだマージャンもこの2年以上やっておらず、50年以上の雀歴に終止符を打ちつつある。さしずめ〝断牌〟ということになるか。
 今年からは年賀状も止め、東京や九州、札幌、もちろん稚内の方々への年頭あいさつも欠礼するようになり人生の仕舞に向けまっしぐらの感もある。
 今、新聞社の社長・主筆として思うのは会社の存続、家庭の幸福ばかりでなく、今まで74年間支えてくれた市民の皆さんの幸せと稚内の市勢発展である。段々、政治家に近くなってきました。