時の話題 「JAL機墜落41年」

 日航ジャンボ機の墜落から41年目の日を迎えた。乗員乗客524人のうち520人が亡くなるという単独機の犠牲者として世界最大の航空機事故となった。犠牲者の中には歌手の坂本九さんがいた一方、明石家さんまさん、稲川淳二さん、東ちづるさんは難を逃れた。
 有為無常とはいえ人の生き死には、まるで運命かのように語られることがある。同感するところがある。
 41年前といえば筆者は30歳で、長男が妻の腹におり「頑張らねば」と思っていた頃であった。自分のことだけしか眼中になかった人生の分岐点の年であった。
 最初に日航機が群馬にある御巣鷹の尾根に墜落したとのニュース報道を視聴した時に最初、頭を過ったのは「何人助かったのか」「著名人が乗っていたのか」「(墜落)原因は何なのか」などであった。九ちゃんは当時43歳で仕事も家庭も順風満帆な頃で生きていれば84歳だ。「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」など世界的な大ヒットを飛ばした九ちゃんだっただけに生きていれば屈指のエンターテイナーになっていただろう。
 お盆月からなのだろうか。2つの原爆投下での敗戦、JAL機の史上最大の墜落事故など日本人の魂は激しく揺さぶられる。御先祖さまだけでなく、これら事故や戦争で亡くなった人々の鎮魂を願ってやまない。
 先日、水産稚内の礎を築いた人々の霊を慰める海難者慰霊祭が執り行われた稚内にあっても太平洋戦争戦没者の追悼式が15日執り行われる。正午に黙祷しなければ。