時の話題 「戦後81年」
現在90歳の母がまだ少女だったころ、家の周りにはいつも風の音がしていたという。北海道の広い空の下、畑の向こうから聞こえてくるのは、時折まじる飛行機の低い響きだった。戦争という言葉の重さを十分に理解していたわけではないが、家族の表情の変化で「何か大きなことが起きている」と感じ取っていたらしい。
ある日、学校で配られた芋の苗を家に持ち帰ると、母はそれを宝物のように抱えて歩いた。食べ物が不足しがちな時代、苗一本が家族の未来につながる気がしたのだという。夕方、祖母と一緒に畑へ植えたとき、土の匂いが強く胸に残ったと母はよく語った。夜になると、家の灯りは紙で覆われ、外から見えないように工夫された。薄暗い部屋で家族が寄り添いながら食事をとる時間は怖さと安心が入り混じった不思議なひとときだった。遠くでサイレンが鳴ると、母は祖母の袖をぎゅっと握りしめた。
「戦争のことは全部覚えているわけじゃない。でも、家族がひとつになろうとしていた気持ちだけは忘れられないの」。母はそう言って、静かに笑った。
少女だった彼女の記憶は、今も私たち家族の中に小さな灯のように残っている。語り継がれる精神、それこそが平和社会を保ち続けることの本質であり、我々が背負い、享受していかなければならない義務があるものと考える。
ロシアとウクライナ米国とイランとの戦火が物語るよう戦争に得などなく大地と人々が疲弊するだけだ。無駄な事を繰り返す人間とは一体何なのか。(江別市・伊藤康生)


