時の話題 「坂の思い出」

 筆者は幼稚園まで紋別で育ち小学校入学前に羅臼で数カ月暮らし母の実家がある稚内で高校まで過ごした。紋別に居た幼少時代、2つの坂があり、急で長い坂との記憶があるが、暮らしていた父の実家の坂は子どもの頃の印象とは違い短く、片や幼稚園の坂はその頃の印象より遥かに急であるのを、お盆の墓参りの度に見る。
 子どもの頃の思いや感性と、大人のそれとが相違するのは至って当たり前のことで、身体的には背丈が違い頭の中だって大人へと成長した分、畢竟するに違ってくるのは自然であろう。
 坂の下ほどにある実家の途中、アパートがあり、そこに住む子どもとよく遊び、急な坂の頂きにある幼稚園の同級生の一人は銭湯の息子でよく貯木場で遊んでいたのを記憶しているが、70年近く前の出来事なので恐らく実際とはギャップがあるだろう。
 巌然たる事実は坂の中で暮らした幼少期だったという事である。
 「坂」という言葉は急なとか長いとかと表現され転げ落ちるとも表現される。有為転変の人生にあって家康ではないが「重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず」との境地に立つのは山あり谷ありの苦難な道を歩まなければならずそうたやすい事でない。
 個々人の人生は薄い皮を一枚々々重ねていかねばならないと説くことがある。生まれてからの積み重ねによって人生は決まる。薄い皮、つまり努力するしかない訳である。
 幼少の頃の記憶と現実が違うのはよく聞く話である。足許を見るのが肝心ということなのかね。