時の話題 「手相」

 手相は変わるようで筆者の場合、生命線と運命線の縦線を突っ切る十字の線が1年ほど前から現れている。
 元々、生命線は上から下へ100歳は生きるのではないかと長く証明するかのように何度か命を落とすのではという事態をくぐり抜け70歳を超えてしまった。例を挙げれば切りがないが、20代の頃、紋別での結婚式を終え旭川に向かう未舗装の山道を登り切り安心した途端、無意識にアクセルを踏んだのだろうハンドル制御が不能になり運転手席から見える数十㍍はあろうかと谷底に落ちず、何故かしら山側の側溝で止まった。同乗していた2人と車を引き上げようとするも叶わず途方に暮れていたところ、反対車線から向かって来る車があり助けてもらい無事旭川に着いた。
 普通ならこの世にいないが神のご加護があったのかと、この歳になり回顧できるがこの世に生を得た人間は子どもの頃も20、30代の頃も「死ぬはずがない」と思い、40、50歳を過ぎる頃に命には限界があることを悟る。
 病気がちの人にとって死は身近とも言えるが、さほど思い悩まず馬齢を重ねてきた筆者のような人間は死を身近には感じられない。
 人の生き様は多種多様で立派な方がおれば阿呆な奴もごまんといる。とりわけ若い内は青春の蹉跌では済まされぬ罪を犯すこともあろう。が、それは若さゆえではなく歳を取っても犯罪ギリギリ道徳を踏み外すこともあるが、小利口になっているのか馬脚を露わさない。先に先述したよう立派な人はいるが、阿呆な人間もそれ以上いると見るのが人間社会なのであろう。