海馬島、角巻の話など ミュージアムトーク 西谷さんと濱谷さん

ミュージアムトーク「宗谷の昭和100年」が8日、樺太記念館で開かれ、利尻島郷土史研究家の西谷榮治さんと樺太からの引き揚げを経験した濱谷悦子さんが戦前から戦後の樺太や稚内の歴史などについて語った。
同館で開かれている宗谷管内巡回展に合わせ開かれたトークには市民ら20人が参加した。
西谷さんは「海馬島と利尻島」と題し、樺太南西に位置する海馬島(モネロン島)にゆかりがあった島民から当時の様子について聞き取りし、利尻島ではニシンが不漁で冬には仕事がない厳しい状況であり、ウニやコンブが漁獲され、半年働いて半年寝ると言われるほど豊かな海馬島に利尻だけでなく青森などからも出稼ぎに来る人や移住する人がいたとし、神社の祭りでは子ども相撲や神輿などで賑わった記憶など語られ、「時間が経つと樺太を語る人がいなくなる。記録として残すと共にその歴史を伝えて行かなければ」などと話していた。
市内在住の濱谷さんは「五歳の記憶〜戦後八十年を迎えて」と題し、石炭を積むトロッコでの移動や野宿など樺太から稚内に引き揚げした記憶、母が結婚の記念に購入し、現在は北海道博物館に保管されている角巻(毛布を三角折にした防寒具)の逸話について「母は角巻を手放さなかった。兄弟で角巻に包まる姿はまるで中華饅頭のようでした」など語り、戦争については「何も良いものが残らない。虚しさ、憎さ、悲しさしか残らないことを知って欲しい」などと世界の恒久平和を願っていた。


