時の話題 「町内会活動を憂う」
昭和51年といえば稚内は沖底漁最盛期で人口も5万5千人以上いた。同40年代から南、東地区での住宅建設がラッシュを迎える中、膨張する当時の町内会から枝分かれする格好で新しい町内会が誕生した。とりわけ緑地区の人口増加が著しく当時あった緑町内会から分派した一つがひかり町内会で、2月1日に創立50周年を祝う記念式と祝賀会が開かれた。市職員OBの佐藤忠男会長がこれまでの歴代会長ら役員住民に敬意を表すと共にこれからの人達への活躍に期待を込めエールを送った。
往時と比べると半分ほどの3万人弱まで減った稚内だが、歴代市長の手腕はもとより下支えしたのが町内会だった。夏のみなと南極まつりなど市として大きなイベントには大梯団を従え南極・てっぺんおどりに参加しており稚内の市民活動の代表であった。
その町内会活動も住民減少での弱体化が進み何の事業をするのにも苦労している。率先する役員のなり手がいないという問題にも直面している。
地域コミュニティーを維持するには町内会の協力が欠かせないのだが、町内会体制は痩せ細ってきており、今後の市政運営にとって大きな問題と化す。
過日の小欄でスクールガードのなり手不足について言及したが、イベントばかりでなく普段の活動にも人口減少と老齢化の進展が課題になっている。
事務作業はITによって省略化が進むも一人ひとりの市民の働きが必要な町内会活動にはマンパワーがなくてはならない。ただ手を拱くのでなく対策急がれよう。


