時の話題 「運動翌日に火災」

 交通安全など運動期間中によく事故が起こるもので、火災予防運動翌日の1日未明、富岡4の住宅で火事があり2人が亡くなった。お見舞い申し上げる。
 年がら年じゅうと言っても大袈裟でないほど稚内は風が強い。このため度々、被災戸数が多い火災が発生しているが、2002年(平成14年)6月29日の夕刻にあった中央2の仲通り一帯を焼き尽くした「稚内大火」は古い建物が多く風が強かったこともあり飲食店を中心に31棟が被害にあった。
 稚内消防署は自衛隊はじめ海保など国家機関と稚内市などの応援で鎮火に尽力したものの、当時あったレンバイ、ラーメン店、スナックなど紅灯街に甚大な被害があった。
 岡谷繁勝道議に付き添われ堀知事が数日後被災地視察に訪れたが一夜にして忽然と消えたかのような光景に言葉を失っていたのを鮮明に覚えている。
 その後、焼失した地区の再開発が行われるも仲通りに以前の賑やかさは戻ることなく夜の繁華街といえば大黒2のオレンジ通りになり今に至っている。
 盛衰は何処にもあり火災など突然の出来事で繁華街の機能を失うことがあるのは承知しているが、稚内大火は衝撃的で今でも古老の間では語り継がれている。
 子どもの頃から中央地区に住む工藤市長は中心街活性をめざしJR駅を巻き込みキタカラを建てるも住宅街が南、東地区に広がった当市のコンパクト化を成し得ず手をこまねいているのが現実か。山と海との間の土地が狭あいなことから必然的に進んだ南地区への住宅事情がある。

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