時の話題 「芒種の頃に」
先日、私用で名寄まで出掛けた道すがら田圃に満々と水が張られていた。モチ米の準備であり秋になると新米の稲穂が辺り一面に広がるのだろう。
さもありなん昨日は二十四節気の「芒種」であった。イネ科の花の外殻にある針のような突起のノギがある穀物を播く時期になったのかと改めて移りゆく時の流れにおののく。
戦くと書いたのは年を取る恐怖にたじろいでいるわけであり、次の年も同じようになればと願うも、人生はそう単純なものでなく、自然界の季節の営みに接し「そう有りなん」と神頼みする。
政治家や詐欺師など一部の人間を別にし市井に住む我々に劇的な事象は起こるものでなく人の言う噂を聞き及ぶにつけ〝悪党たち〟の跳梁跋扈ぶりに溜息をつく。
どこだとか誰だとか申し述べぬも稚内においても詐欺師ぶりを遺憾なく発揮している方がいる。切羽詰まったゆえの事とはいえ、この狭い地域での犯罪のような行為には呆れて口が塞がらない。
某人曰く「詐欺師の常套手段は最初のうちは要求を小出しにし、数年過ぎると金額を吊り上げ土下座して懇願する」のだと言う。
一寸先は闇であり、今良くとも先は見通せず油断すると穴のけばまで抜かれることが間々ある。今の地位だって泡沫の夢であること自覚せねばならない。
新党大地代表の鈴木宗男参議が筆者の所に寄り、ロシアとウクライナ戦争に関し「喧嘩両成敗の意識が足りない」と強く主張していた。ロシア好きの鈴木氏らしい発言だが、戦争を仕掛けたのはロシアなのですがね。

