時の話題 「沖底業界」

 稚内機船漁協「50年史」興味深く拝読させて戴いた。父が沖底漁船に乗り直系・傍系に漁業を営む人が多いという縁もあるからなのであろうか。
 史誌にあるソ連200㌋が設定される昭和52年(1977年)までスケソやホッケ、カニを主体に十数年連続し年間50万㌧もの水揚げを誇り同51年度には全国で数量2位(54万㌧)、金額9位(320億円)を記録した。まさに我が世の春の時があった。
 それ以降、坂道を転げ落ちるよう暗転し60余隻あった沖底船は数年ごとに減船され平成10年(1998年)には15隻に、そして7隻となり、同25年には米倉水産第71永伸丸が新造される明るい話題あるも翌26年には大浦水産の一隻が稚内港防波堤に衝突し6隻となり、昨年にはカネタメ水産が廃業しオッター、かけ廻しの5隻体制となった。
 稚内市にとって基幹産業の水産業は今は宗谷漁協のホタテ漁、稚内漁協のナマコ漁に取って代わり、地球温暖化による海洋変化での資源減少が祟り沖底業界の経営は塗炭の苦しみを舐めているもののここのところは浜値高に支えられ月実績は1億円を超えている。
 今後の課題として浮上しているのは船の老朽化で、平成25年(2013年)新造された永伸丸以外の4隻は相当年数が経っており、将来的に岐路に差し掛かることも出てくるのか。
 いずれにしても今後の経営はかなり厳しく機船漁協としては抜本的な対策を打たねばならないのでないか。
 水産稚内の象徴だった沖底業界がジリ貧なのは淋しい限りだ。

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