時の話題 「再生あるのか」

 元々稚内に住む市民にとってアーケード街は稚内の顔とも言うべき存在で、恵比須地域に住んでいた筆者が親に「マチに行く」と言えばアーケード街を中心とした中央商店街であった。
 高林百貨店があり相沢があり郵便局寄りに中央レンバイ、仲通りには飲食店がひしめいており活況を呈した。
 昭和52年のソ連の200㌋、同62年の沖底漁船第二次減船、国鉄民営化による職員転出により人口が大きく減少したことに加え、大黒地区に西條稚内店が駅前から移転しオープンしたことで人の流れが喪失してしまい高林など店舗が廃業しシャッター街と化してしまい見る影もない状況に陥ってしまったのは昔日を知る人はさぞかし無念であろう。
 住宅街の緑地区、富岡、萩見地区への伸長により各地区には人口に見合う食品スーパーができ、信金は別にし相沢だけが奮闘している現状では将来はないと断じてもうがった見解ではなかろう。
 稚内市は稚内駅改築に伴うキタカラという映画館、土産品店、飲食もできる複合施設を建て人の動線をアーケード街から市役所、市立病院に向かう計画を樹てるも画餅同然の計画倒れに終わり、その後、手を拱いている状況にある。
 アーケード街店主に聞いても市長に聞いても返ってくるのは「相手が将来に対しどのような構想を持っているかだ」と他人事のように言う。
 稚内信金は水面下の構想として本店と市庁舎建て替えと連動したアーケード街再生を目論んでいた節がある。今では夢物語となってしまったがね。

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