時の話題 「東日本大震災8年」
8年前の平成23年(2011年)3月11日、筆者は副港市場の「港のゆ」に居た。温泉から上がると、当時休憩室の隣でマッサージを営んでいた知人から「今大変なことになっています」と教えられ、テレビを見ると東北沿岸の各地に大津波が押し寄せており、その驚愕の光景に言葉さえ出なかった。
現実の事ではないように巨大津波が工場も家屋もトラックも車も全てをのみ尽くして行くシーンに絶句し、温泉に漬かり束の間感じていた至福の一刻が反転し不幸のどん底に落とされた感覚に襲われたのだった。
その後、筆者は大震災から2年後のGWに稚内ほっけ隊(佐々木政美隊長)が稚内市民を対象にした被災地訪問に応募し、宮古市田老地区の当時世界最大といわれた防潮堤、陸前高田の〝奇跡の一本松〟、気仙沼市街地に打ち揚げられた第18共徳丸など見て回ったなか、百人以上の住民が亡くなった南三陸町の焼香台が設けられた防災庁舎前で、亡くなった方の霊が庁舎周辺を漂っているかのような気がし呆然自失したのを覚えている。
被災から8年。その後、放送される被災地の光景を見るにつけ行方不明者含め2万人もの犠牲者が出た大震災の傷跡が未だに残り、とりわけ福島第一原発での避難者の心情を思う時、故郷を追われるということを東京電力は本当に分かっているのかと疑問を抱くと共に、原発稼働を目論む政府と経済界、電力会社への怒りは増すばかりだ。
遠く離れた出来事とはいえ私達も今日は彼の地に向かって黙祷しなければならない。