時の話題「ケアレスミス」

 不注意による間違い曰く簡単な間違いをケアレスミスという。人間には能力の違いはあるが、このケアレスを少なくすれば学校時代の試験から始まり、社会に出ての成績も向上する。
 しかし、このミスをなくすことは難しく小紙でも間々ある。
 先日、ある祝う会があり出掛け受け付けしたところ、筆者の席がないという。当方は1カ月前以上に間違いなく「出席」のハガキを出しているのだし何かの間違いと思うも席なく、受付の人が困惑している時、主催した団体の上席の人なのだろう、「あちらでお待ち下さい」と促されソファで待っていたところ、1分も経たないうちに「ご案内します」と別な組織の上席の人に案内され、その後はめでたい時間を楽しく過ごさせて頂いた。
 このようにミスあれど迅速に対応できるかが、評価の分かれ道であり、今回の件では癪に障るも納得したものだった。
 例に挙げたことはミスを著しく軽減したものであるが、ケアレス含めミスが事の是非、組織の存亡に係わることがあり注意が必要だ。その最たる例が3年前の大震災による東電福島第1原発での相次ぐ対応ミスでないのか。陣頭指揮した吉田所長さんは亡くなってしまったが、3月11日以降の東電役員の指揮能力不足、そして東京工業大学出の菅総理の事故後間もない現地入りと下手に原発を理解していることでの迷走ぶりであった。
 朝日新聞の戦時中の従軍慰安婦報道の訂正もどきでも潔く完全否定しないところが事を大きくしている。我々、小っちゃな地方紙が概評することでないが、同じマスコミとして恥じ入るものはある。
 ミスをするのは人間として致し方ないところはあるが、問題はその後である。素早く対応するにこしたことはないが、できなくても後に引きずることのないよう、更にはミスをプラスに変えるくらいの胆力も必要だ。
 誠実に対応するのが一番の解決策のようだ。

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