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 人の一生は多分に運に左右される。子どもの頃はさほど思わないが、年を取るにつれ感じることが間々あり、回顧し「あの時は運が良かった(悪かった)」などと言い放つ。
 小欄で何遍か書いているよう筆者は博打好きで勝負事で経験ないのは競艇と競輪ぐらいだ。当然、勝つか負けるかに身を委ねる訳なので運が相当な割合で左右する。
 運が無い時は何をやっても悪い方に流れてしまうという経験をそれなりにしているので運が無いと感じた時には無理な勝負はせず安全な方に重きを置く。しかし、その消極性が仇となし大魚を逃すことがある。
 人間が考える葦であることを如実に物語っているが、他方では駄目な時こそ果敢にという生き方をし悪運から好運になる事もある。
 要は運・不運は一括りで表せないという事である。
 との論調から今回の新型コロナはどう考察すればいいのか。勿論運が悪いという事に落ち着くのだが、人間の未来、そしてパンデミック(世界的感染)になったという事実での地球の未来を考える時運が悪いとばかりは言い切れまい。
 今後、数カ月か1年以上の長期戦になるか予想できずも、未曾有のウイルス感染を克服した後を想像する時、ウイルスに打ち勝ったという事実が歴史に刻まれるに違いない。
 ただ運というのは一つの場で全て使うのは野暮で、少しずつ使うのが宜しい。コロナ後の厄災にも備えることが必要だろう。
 と判った風な事を書き綴ったが、今だに運の奥深さを悟ってないのは確かである。