時の話題 「げんなり」

 げんなりするというのは①飽きれたり疲れたりして動くのもいやになるさま②十分過ぎていやになるさま―と広辞苑にある。コロナでの巣ごもりが正に当てはまり、18、19の週末も読者の皆さんは食料品の買出しなど必要な事以外は家に閉じこもっていたのであろう。同情申し上げる。
 コロナなど関係なかったある日、妻が「毎日同じ事をし飽きること」と愚痴をこぼしていたのを唐突に想い出した。朝・夕食作り、掃除・洗濯、それに加え若い時は幼稚園の長男の送り迎えをし、新婚の時から真面に帰宅することが無かった筆者の留守を預かり、日曜など休みの日もパチンコや釣り、ゴルフなどで家を空けることがあった筆者に代わり切り盛りし休む暇が無かった頃は「げんなり」などとの言葉もないほど忙しかっただろうが2人の息子が独立し夫婦2人の生活となり、ふと頭をよぎったのだろう。
 言い換えれば心の余裕が出来たということとも言えようが、毎日が単調なのは波瀾万丈よりも大変な面も出てくる。
 その「げんなり」を今、糸の切れた凧のような筆者が体験している。普段の日は勿論、休みの日もほぼほぼ家に閉じこもり、朝起きカーテンを開け、新聞を読み、金魚にエサをやり、昼間は下らないテレビを見て過ごし夜のつまらなさもご想像のとおりだ。
 外で適当な息抜きを出来ないのがこれほど酷なのを初めて知りコロナショックならぬ人間としてショックを受けているが、げんなりどころでない人がいる事実に自分の愚かさを知る。

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