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 13日の「天北堆」に朝早く店舗前に並びマスクを買おうとするお年寄りら市民のため「幹部含め市職員が並ぶとかの対応できないものか」と書いたところ60代の市民(女性)から「市職員は市民の奴隷ではない。何を言ってるんだろう。…因みに私は市職員ではありません」との女性らしいストレートに批判するハガキが届いた。
 しかし、当方からすれば余りにも単純な物言いである。マスクを入手するのに市民が苦労しているんだから公僕たる市職員の更なる住民サービスを記した訳で、毛頭あなたが指摘するような「奴隷」云々でないこと分かって戴けるだろうか。
 この批判に対し筆者は憤りどころか感謝の念さえ抱く。書くことは百%正鵠を得ているものでなく、時には誤謬もあろう。それを一刀両断に立ち向かってくるのは痛快であり、侃諤の議論をするという筆者が意図した通りになるのは本懐だ。
 読者との双方向性を企図し始めた「読者コーナー」には馴染まずとも今回認めたよう自分を省みる一助にはなるので参考にしたいと心している。
 ハガキでも手紙でもFAXでもメールでも自らの考え・思料を書き綴り、それが相手の傲慢な姿勢を変えることになれば「しめた」もので、個人的には小欄と「天北堆」で字面に現れない言外の事を感じてもらえればと書いている。
 それは人間の心奥を見通そうという試みであり、できればその辺りも考慮して戴ければ幸甚である。
 物書きは理屈っぽくて困ります。偏屈でなければ叶わぬ商売のようです。