時の話題 「紙文化の廃れ」

 俳句や短歌、川柳など文芸活動に勤しむ人達はおり、このほど刊行された「文芸そうや」第47号を拝読させて戴き皆さんの健筆を揮われる様子に頭が下がっている。
 小紙は商業新聞であり日々発行するのは飯の種であり当り前の事だが、何の利益にもならない、この種の物を作成し続けていることは無償の愛のようなものであり敬服する。
 今、新聞ばかりでなく週刊誌・月刊誌などは冬の時代でスマホなどのネット配信の勢いが止まらないが、新聞でも定期刊行物でも小説、専門書は手許で熟読できるのがよくネット配信の一瞬性とは異にする。
 事件や出来事は逸早くネットで分るが、例えば事件を深掘りするのは新聞やテレビに敵うものでなく、逆説的な物言いをすれば現代人はネットを見て分かったふりをし自ら考えるという思考過程を経ていないような気がしてならない。
 物書きゆえに決して話し言葉が上手いとは言えない筆者だが、意思を伝達するのに会話と文章は欠かせぬものであり、その言論社会が希薄になるのは寂しさを通り越した軽薄さを感じている。
 話は変わるが、本紙で好評のプレス川柳の常連投稿者である〝萩見のハゲ〟さんから今年初めての投句があった。時事ものというより政治の出来事に異才を放つハゲさんの復帰は何かプレス川柳に柱が出来た感がし、お忙しいでしょうが投稿を続けてくれればと願っている。
 商業新聞というタガははめられているが、社会の木鐸という使命は忘れぬよう努めねばと思っている。

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