時の話題 「年賀状」

 休刊だった日曜日の15日から年賀状の受け付けが始まった。
 弟が亡くなり喪中なことから年賀状を書くこともない年の瀬となったが、年中行事の最終となる年賀状書きが無いのは淋しい。何故かと言えばしょっちゅう会う稚内市内の人は別にし、九州や東京、札幌などへの挨拶は年賀状を通してしか出来ない人がおり、定形の「謹賀新年」に加え自らの近況や相手の息災を尋ねる一言を添えることで在り日の事を思い出すからであり、喪中ハガキに一筆書き添えることはない。
 東京時代の友人や稚内に戻り仕事上、縁故があった人に送る賀状によって、この一年無事に過ごしてきたことを知らせ、相手からも同じく近況を知らせる賀状が送られてくる。
 なかには途絶えてしまい、その後も音信不通の人は「何かあったのだろう」と想像を働かせ、「それはそれで仕方がない」と思いながら人生の儚さを悟る縁とはなる。
 20年ほど前、当時の宗谷支庁の副支庁長を務めていたAさんのよう「私からの年賀状は今年が最後です」と賀状交換を止めたケースもある一方、交換を続ける人もいる。
 携帯電話やメールのない時代を生きてきた自らにとって年賀状は小学高学年から50年以上続けており、孤独に嘖まされた東京時代には年1回の年賀状で励まされた事もある。
 メールなどでの新年挨拶を否定するわけではないが、年賀状の心が籠った遣り取りは我々世代には欠かすことができない。
 生がある限り個人的には続け、年賀状という日本の文化を絶やさない一助にしたい。

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