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 稚内プレス、旧北海タイムス、北方現代で健筆を揮った山本喜久雄さんが黄泉の世界に旅立たれたようだ。「ようだ」と書いたのは他紙の訃報告知案内で知ったためで、住所(富士見4)、年齢(89歳)から推してほぼ間違いなかろう。
 筆者がプレスに入る数年前まで編集長など務め、その後タイムスの記者として、タイムス廃刊後は毎日新聞稚内支局長として70代半ばまで現役だった山本さんとは昵懇の間柄ではなかったが、何かと目にかけて戴き叱咤激励していただいた。
 「時の話題」で記者クラブのあり方を説いた時には寄稿していた「北方現代」で手厳しく諭し直情径行のある筆者への苦言には、長く新聞記者を続けてこられた氏の経験に裏打ちされた叱咤に当方反省頻りであった。
 5年ほど前に市立病院で会ったきりお会いする機会は無かったものの、壮健でおられるものと思っていたところでの訃報には驚きと共に、また先輩が逝ってしまったと断腸の想いをしている。
 山本さんは小社を辞められた後、前田翁から次の体制に移行する混乱の時、前田翁が編集長として招こうとした事があった。実現はしなかったが、創刊者にも書き手としての実力を認められていた。そのような事もあって筆者はタイムス、毎日新聞時代の記事は欠かさず読むなど薫陶を受けたものだった。
 年上の新聞記者で地元で残るのは浜谷、中井、佐藤さん(いずれも宗谷新聞社)だけになった。先輩諸氏に敬意を表し、残る者の一人として稚内の発展に幾らかでも寄与できればと思っている。