時の話題 「新聞の行く末は」

 先週の大半、右足の親指が腫れ痛みもひどいので散歩がてらにしている配達を休ませてもらった。この間、会社近くの整骨院で治療した結果、大分小康してきたので昨日から配達業務に復帰した。
 配達といっても自宅近くの20軒ほどだけなのだが、その地区は工場やアパート多く30分ほど歩くので健康に持って来いである。
 しかし、この配達もあと1カ月ほどで道新の夕刊を配達し小紙の配達をして戴いている人にやってもらうことになった。道新購読者であれば既に承知のことだが、10月から夕刊を翌日の朝刊と共に配達することになったことから新たに小紙(夕刊)を配達することになったわけである。
 紙(新聞)離れが言われ久しいが、道内屈指の道新でさえ稚内など一部地域で夕刊を翌日朝刊と一緒に配達をするというのだから深刻である。小紙も往時1万部以上あった部数が減っており御多分洩れずの状況にはある。
 有為転変。人の世は移り変わるとはいうものの、新聞という文化が廃れて行くことは場末の新聞社とはいえ淋しいものである。
 国民が情報を知る媒体として長く君臨してきた新聞だが、ラジオは兎も角、昭和39年(1964年)以降のテレビの一般家庭への普及で首座を明け渡そうとしたものの、その後はテレビと共に両立してきた。しかしインターネットの汎用化によって今や首座どころか隅に追いやられようとしている。
 そのような新聞不遇の状況下、小紙のような地方紙含め行く先はどうなるのか。人口減もあり厳しい経営になるのは間違いない。

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