時の話題 「淋しい知人の死」

 最近、身内ばかりか知合いに鬼籍に入る人が多くなった。
 大東石油販売に勤めていた渡邊美稚夫さんは筆者の後輩に当り稚中では確か生徒会長を務め、筆者が10年間のブランクを経て稚内に戻ると大東さんに勤務し最後は部長職になったと記憶している。
 市議を務め商工会議所の専務理事だった郁夫氏の御子息で、父君の葬式で弔問客を送る中、車椅子に乗り筆者の顔を見ては「いつも(プレス)見てますよ」が生前聞いた最後の言葉だった。
 現役中は筆者に会うと「飲みましょうよ」と人懐っこい一面を見せていたが、彼の要望に応えられなかったのが今にして思えば残念でならない。何か悩みでもあったのか―と思ってはいる。
 札幌に居を移した盛田俊雄さんも未だやり残した事があったろうに14日に亡くなってしまった。
 稚内では建設会社に勤め様々な店舗の建設に営業職として係わり、友人含め人脈の広さは舌を巻くほどで筆者も交遊させてもらった。
 ニヒルな風でも人には暖かい心で接し、会社を辞め事業を興した時、奥さまと共に奮闘していた在り日を思い起こしている。
 この10年くらいだろうか。亡くなる知人が多くなっており「結婚式はないが、葬式は毎週のようにある」とうそぶくのも自分が年を取ったためと思ってはいる。
 人との別れは本当に淋しいもので生前いがみ合った人でも懐かしさが募ってしまい、線香でもとなる。
 人の一生は光陰矢のごとくあっという間に過ぎてしまう。出会いは大切にしたい。

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