時の話題 「魚河岸、豊洲へ」

 昭和10年開場以来、首都東京の台所を担ってきた築地市場が2㌔ほど離れた豊洲に移転し11日から営業を始める。別名「魚河岸」とも言われた築地市場は太平洋戦争など歴史の荒波に、最近では老朽化、そして2年前に就任した小池百合子知事に翻弄されながらも漸く移転することになった。
 稚内におり何故、築地の事を書くのかというと、筆者は40年ほど前、神田駅に近い鍋茶屋「本郷」に板前見習いとして数カ月だが働いていたことがあり「魚河岸(築地)」は、しょっちゅう働いている人の口から発せられていたこともあり「魚河岸」と聞けば昔の若かりし頃を走馬灯のように思い起こす縁となっているからなのであろう。
 講談や歌舞伎などに登場する一心太助に憧れ粋で鯔背な魚屋ならぬ板前になろうとした当時を思い出し今では「そればそんな事もあったよな」と懐かしささえ感じるのが築地市場である。
 恐らく生まれ育った所が紋別であり稚内であったこともあるのだろう。「さかな」「うお」への感受は強いものがある。
 建物も人間も古くなり年を取れば役目を終えなくてはならぬのだが、人々の記憶は消え失せるものでなく、建物や家の歴史は引き継がれていく。
 稚内にも魚菜だけでなく観光スポットとしての市場があり、なくてはならぬものになっている。その市場の一つが消失することはないにしても岐路に差し掛かっているような話を聞く。まだ歴史は浅いが、市民や観光客にとって掛替えのない施設であり存続を切に求める。

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