時の話題 「感謝忘れずに」

 20日過ぎから本紙の集金が始まり、その数日後から精算のため会社に訪れる配達員さんの一人から配達し3年経ちましたとして「社員の皆さんで飲んでください」と、お茶のペットボトル1箱などの差し入れがあった。
 雀の涙程度の配達手間賃なのにも拘らず贈ってくれたのは(元気で生活しているのもプレスの配達のお陰)との心情が読み取れるようで、こちらこそ「毎日の配達ご苦労さまです」と感謝申し上げるものです。
 自分が活(生)かされているのは回りの人達のお陰ですという相身互いの精神は、人間の善の部分として有史以来続いているものであるが、他方、回りに憎悪の念を抱き罵りあい挙句は手を出すというのも人間が確固として有する業であり、どちらも人間の本性であるのに違いない。
 日常の些細なことに一喜一憂しながら年が経ち、4年に一度あるサッカーW杯や五輪など人類のイベントに歓喜し、世界各国で起こる諍いの代表ともいうべき戦争や内乱、同時に起きる冷酷非道な惨殺行為には目を覆いたくなるも「人間という動物は」と諦念混じりに遣り過ごしてしまう自分を顧みる時、悔恨の情など沸々と湧いてくるものがある。
 何か身近な話題をテーマに小欄のマス目は埋められるが、御座なりにならぬようしたいもので、文章を書くという仕事の難しさをこの年になってつらつら思う昨今である。
 社員には他人に頼るのでなく自ら切り開いて行かなければと、よくこぼしている。「うるさい爺」と思いながら聞いた振りをする社員に感謝している。

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