時の話題 「無駄な人生はない」

 物が違うというのか何か持っているというのか、米大リーグに移籍した大谷翔平選手の活躍には恐れ入ってしまう。
 筆者は口癖のように「できる奴は何処にいても経験が少なくても頭角を現す」と言っている。よく成績優秀な中学生が都会の高校に進学する例があるものの、期待した通りに行かないことがあり、学業ばかりでなくスポーツでも潰れてしまうケースがある。
 親元から離れ一本立ちしていくというのは20歳を超えても大変でましてや10代では半端なものではない。
 大谷と同じ日ハムの斎藤佑樹は一時、自らを「持っている」などと知ったような事を言ったが、実力のほどはというとあの通りであり、自らの実力を分かっていない典型であろう。
 その点、大谷には天性の力に加え天運もあり、与えられた場面で実力を遺憾なく発揮してしまう。経験年数など関係がない。
 馬齢を重ねるという言葉がある。無駄に年を取るという意味なのだが、力と運を備えた人には経験など必要なく、他人が何年か経験しなければ達成できないことをあっさり成し遂げてしまう。それが大谷なのだろう。
 しかし経験が必要になるのが社会であり、大谷のような天才は別にし凡庸な我々市井の人間は経験を積み重ねて行くことで実を結んで行くものがある。
 馬齢を重ねるというのは戒めの言葉であり、きちんと生きないと年を取っても無駄な人生を生きていくことになりますよ―ということなのでしょう。
 人が生きるのに正解はないということだ。

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