時の話題 「淋しいね」

 飾らない人柄で友人が多かった松田仁さんが先月28日、鬼籍に入った。72歳だった。靴店2代目として商売を営みつつ市政にも強い関心を持ち、稚内というマチを幾らかでも良くしようと懸命に生きた人であった。
 風貌があの通りであったこともあり何かしら憎めない人で、靴屋のあとホテル経営など経て商工会議所の近くで鍵屋を営んでいた晩年、会社へ帰る道すがら寄っては世間話や稚内のことを話したのをついこの間のことのように思い出す。
 大黒ひょっとこ踊りのメンバーとしての太鼓腹での踊りは、ひょっとこ踊りの神髄を見せるかのようで、ひょっとこ踊りの今年の新年会での麻雀対局が筆者にとって最後の交りとなった。
 商売をやっていたこともあって他人の気を逸らさず、交友関係が広く、今月9日には友人らが発起人となり旅立ちの会が営まれる。亡くなった旭川で荼毘に付されたが、松田さんと縁のあった方々の多くの参列を願うものです。
 小欄で度々、書いているが知人の訃報は己にとっても大切な何かが引き剥がされるような断腸の思いがする。
 数日前には高校時代の恩師である函館在住の山中三郎さん、同級生の訃報も入り、皆さんの冥福をただ祈るばかりだ。
 子供の頃、青春、そして壮年を送り間もなく老境の域に達しようとする人生を振り返ると赤面することばかりで、窮地に陥った際には誰かの助けがあったものだ。その助けられた人達との永遠の別れは年を取るほど辛いものがある。
 冥福お祈りする。

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