時の話題 「憐憫の情だけで」

 11日の日曜日の午後2時46分、東北から遠く離れた稚内でも頭を垂れ黙祷し犠牲者に哀悼を捧げた人がいたであろう。
 新聞、テレビなどメディアは先週から特集記事を報道し東日本大震災、福島第一原発事故から7年経ち巨費を投じている割に復興から程遠い状況にある東北の様子に地団駄踏む遺族がいることを紹介していた。
 大津波が海岸ばかりか市街地、そして田畑をのみ込むように進み河川を遡上する光景にこの世のものか―と絶句し、その夜にはガスボンベなど爆発し火の海と化し、原発では水素爆発があり炉心溶融(メルトダウン)が起きているのに、この期に及んで記者会見で隠し通そうとする東電。未曾有の厄災と重大事故が起きているのに拘らず次から次へと続く理不尽さに胸を痛めた日本人はどこに行ってしまったのか。
 原発事故で被災した人々が避難先で「(賠償金を)沢山もらったのだろう。立派な家建て車も買って」「賠償金もらったんだろう。貸してくれ」など、ある意味、人間の本性を剥き出しにした冗談とも本音ともつかぬ中傷やからかいの報道に接し情けなくなる。
 日本人の他人に慈しみを持ち困っている人がいたなら物心両面で助けるという美徳はどこに吹っ飛んでしまったのか。
 下種な根性はいらない。一生で経験しないような苦難を生きている人に対し無償の愛情を注ぐのは同じ国民としての道義であろう。
 人が持つ二面性は否定できないが余りに惨く鞭打つことは言ってもやってもいけない。憐憫の情だけでいい。

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