稲村さんが悲劇語る 第二新興丸など三船遭難事件

 終戦直後の留萌沖で樺太(現サハリン)からの引揚船3隻が旧ソ連軍潜水艦の攻撃で沈没し約1700人が犠牲となった三船遭難事件を語る会が23日、中央アーケード街のまちラボで開かれ、事件で生き残った稲村和雄さん(89)=写真=が当時の体験など語った。
 三船遭難事件は昭和20年8月22日、樺太から小樽に向かっていた3隻が留萌沖で、旧ソ連軍の潜水艦から魚雷などの攻撃を受けた。2隻が沈み、稲村さんが乗っていた第二新興丸は船体に大きな穴が空き大破したものの、船を傾けながら留萌港に避難した。
 魚雷攻撃だけでなく銃撃で船上は女性、子供の死体の山で足の踏み場もなかったという惨劇を振り返った稲村さんは船上で絶命した女学生を目の前にした時のことを「彼女からこの悲劇を多くの人に知らせてほしいと言われたような気がして必死に生き延びようとしました」などと語った。

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