時の話題 「埼玉からの電話」

 一昨日、以前稚内に住んでいたという67歳の男性から電話があり「天北堆はどういう意味があり文中にある〝堆子〟は何なのでしょうか」との質問を受けた。
 是々然々と説明したあと身の上話になり「埼玉県に住んで45年になりますが、親戚は何軒か稚内におりプレスをまとめて送ってもらっています。高校まで稚内に居ましたが、その時は月額50円でしたよね」と、現在とのギャップをさらりと述べる中、変な激励もなく今、プレスを預かる立場として、これまでもそうであったように今稚内に住む人ばかりでなく以前住み稚内を故郷とする地方に住む人々の心のよりどころとしての使命がある事も痛感している。
 戦前、旧樺太で「公憤」という新聞を出していた筆者からは義父に当たる前田彰が引き揚げてきた稚内で、大浦、瀬戸、坂本、早坂、高林さんらの支援で立ち上げた本紙は当初、月50円で不定期発行したのち日刊紙となり普通の新聞紙大の半分のタブロイド判として67年間、発行する中〝ひまわり事件〟で地元パチンコ店の広告が掲載ストップになるなど幾多の試練があったものの、ここまで発行し続けてきたのは現旧の市民の皆さんの購読と企業のご協力によるものであり感謝申し上げるものです。
 地元の人は別にし地方から転勤した人々からは「判は小さいし読みごたえがない」と言われながらも、国や道の出先機関からも購読契約して戴き今日に至っている。
 これからも山椒は小粒でもぴりりと辛いの精神で発行して行きますのでご支援を。

コメントを残す