時の話題 「親方通り」

 先週土曜の昼下がり〝親方通り〟を歩いていると水産会社の事務所解体に向けた内部の片付け作業と、以前水産加工場の代表者が住んでいた民家のリニューアル作業が行われていた。親方通りというのはアーケード街から先の中央4~5丁目の市道のことである。
 有為転変世の習いとはいいながら日が強く残暑厳しい中にも拘らず心淋しさを覚えた。
 この通りには旧瀬戸邸があり、沖底漁業華やかりし頃の稚内の繁栄を想起させ観光コースとして人気になっているが、この種の文化財として残るということは、その繁栄の時代が終わり今や過去を再現する見世物の一つになっているということで、ヘソ曲がりの筆者としては複雑な思いをしている。
 それは祖父がニシン刺し網など手広くやっていたこともあるのだろう。落ちぶれてしまった現在にノスタルジーを感じるかのようですっきりしない。
 盛者必衰の理を表すと「平家物語」にあるよう形あるものも栄えた者も何時しか壊れるし廃れる。とは言いながら実際に建物が過去の栄華を極めた状態から朽ち果てていくのは辛いものがある。
 歴史は紡がれる。過去は過去としてその時代の一頁として次代にバトンタッチされていく。
 ついこないだ盆の墓参りを終えた家族それぞれにあっても祖父母、父母、自分、子、孫がいて系譜は紡がれる。
 冒頭書いた水産業、水産加工業の跡取りさんは今それぞれ札幌に住んでいるという。立ち話した近所の人は「居辛いでしょ」と言っていたが、その通りだ。世は無常である。

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