8年間、会長を務めた吉田孝史さんが辞め新たに千葉一幸さんが会長となり、この2人に就鳥敬壱副会長、福原英二事務局長の4人が6日、あいさつに来社し懇談した中、稚内市内の中学校に陸上部が現在ないことを教えられ、知らない事だったので驚くと共に少子化の荒波が押し寄せていることに改めて衝撃を覚えた。
 野球(軟式)と共に長く部活の花形であった陸上部に在籍することは部外者から見ると羨望そのものであり、50年も前になる筆者の中学校時代に「部活の中の部活」との思いをしていたのを忘れはしない。
 昔を知る吉田さんと就鳥さんによると稚内での陸上競技協会の歴史は昭和10年頃の立ち上げと体育協会加盟の団体で最も古く、就鳥さんに至っては中学時代に兄弟で稚内の百㍍、二百㍍の記録を持っていたというのだから驚きだ。宗谷ジュニア陸上など輝かしい歴史がある陸上競技が廃れている現状には切歯扼腕する思いもあるのだろうか、千葉会長が協会、ひいては陸上競技の復活を期し「将来箱根駅伝を走れる選手を育てて行きたい」と壮語に近いものの、その意気込みに対し、小紙としてお手伝いすることができれば―と思っている。
 スポーツには流行り廃りの時期があるが諦めなければ稚内では到底無理と言われた水泳競技で大日向海斗君に代表されるよう全国でも通用する秀逸した選手も輩出するようになった例もある。選手本人と優秀な指導者がいれば陸上も水泳に続くことができよう。
 陸上の復活を切に望むものです。