先週20日の朝日新聞「折々のことば」に、うらやむ(羨む)とねたむ(妬む)の違いについてイラストレーターの汐街コナさんが高校時代に現代文の先生から教わったことが載っていた。
 羨むのは、自分をその人の位置まで高めたいと思うこと。妬むのは、その人を自分の位置まで落としたいと思うこと。そう載っており、人を引きずり下ろすより、自分もそうなりたいと思うほうが幸福への距離は近いと紹介していた。
 人には他人と比べ羨やんだり妬んだりし、その境遇と心模様をバネに粉骨砕身するところがあり、羨望も嫉妬とて否定できるものではない。
 ポジティブ(肯定的・積極的)かネガティブ(否定的・消極的)の違いにも通じるようで結果が同じならば幕末の坂本竜馬のよう前に向かって死したほうが男らしく格好もいいと誰しも思うだろう。
 しかし世の中、積極的な人ばかり住んでいるわけでなく色々な人がおり、負け犬根性たらたらの相手を貶めたいと願う人もいるであろう。
 朝日新聞1面の「天声人語」と「折々のことば」は毎朝読むのだが、今回の〝折々〟はちょっとばかり皮相的ではないかと、小欄で取り上げさせてもらった訳でして、幸せへの距離に近いも遠いもなく、自分が最期を迎える時にふと感じるものであり、地位や名誉、お金、家族だけでなく幸福の尺度はあるのであって何んやかやと幸福論は述べるものでないと思うのだが。
 長くて高々80年か90年。目一杯妬んでも羨んでも知れている。あんじょう生きますか。