予想通りにならないのが一発勝負の世界であり、大相撲春場所の手負いの新横綱稀勢の里の優勝は勝負の世界の醍醐味を存分に堪能させてもらった。
 13日目の日馬富士戦で大きな痛手を負った稀勢関が千秋楽の優勝が賭かった大関照ノ富士との取組で9割以上の人たちは照関が勝ちあっさり優勝するものと予想したであろう。残る1割の人たちも「勝ってほしい」との願望だけで、勝負は分からないといいながら勝つのを予想したのは極く少数だっただろう。
 それが本割で勝ち優勝決定戦でも勝ってしまうのだから勝負事は下駄を履くまで分からないというが、正にその通りの結果になってしまった。
 照関も古傷が悪化していたようだが、それにしても稀勢関の勝利への執念は十数年前の負傷押して出場し武蔵丸を敗り鬼の形相をした横綱貴乃花を彷彿させるもので、貴関と違うのは鬼ではなく涙を流す姿であった。
 実は今日の小欄のタイトルは稀勢関が負けることを予想し「好事魔多し」を考えていたが、見事裏切られてしまった。嬉しい誤算であった。
 と角、物事が上手く運ぶ時には落し穴があるもので「稀勢の里もか」と思ったものだが彼は不屈の精神で落し穴から這い上がってきた。拍手喝采である。
 大横綱への第一歩を踏み出した稀勢関の一方、照関には今回の無念を忘れずヒザを完全に治し綱取り目指すこと強く願っている。
 以前「天北堆」で大相撲は人生の縮図だとのようなことを書きましたが、それが間違っていなかったことを教える春場所であった。