春を迎え外を歩いていると、冬の時のように風雪に耐え向かっていくというような悲壮感はなく、麗らかな日射しに誘われるかのように彼方此方を見回す余裕が出てくる。
 その心中はというと冬のような確固とした決然としたものでなく正に能天気の人の良さが感じられる。
 四季は春夏秋冬あるものの、雪国の住民にとって冬と春は特別で心の変遷も大きいものがある。実際の生活でも学校に上がったり就職したり異動したり引っ越ししたりと大きく変化する。
 年を取ると大きな変化への対応力が弱まり人との角逐も程々にと角が取れ丸くなったように感ずるも、それは対応力が弱まったためであろう。
 先週の土曜日、2人の読者から励ましの葉書とFAXを戴いた。これからも新聞の発行と配達を続けてくださいとの激励であった。
 一通は姉の夫が全国的通信社の記者をし国内ばかりかインドやカラチ(パキスタン)へ派遣された―などと綴る投稿の男性は今、一人で生きている姉が稚内に来た際に話す「(プレス)よくやっているね」との言葉を紹介し「商売なのでしょうが、何か使命感がなければ出来ないことと思います」と最後に書かれていた。
 指摘するような使命感など高邁な気持ちはないが「お地蔵さんではダメ」というのが心情であり、官公庁より街ネタを―と若い記者を鼓舞している。
 そういう訳で市など行政への論調はきついものがあろうが、決して憎くて書いている訳でもないということを申し添えましょう。角取れてますから。