東日本大震災から6年が経った11日、被災地に磯船など贈り支援した稚内宮城県人会の中澤和一会長(79)は「被災者の方々は困難にもめげず必死に生きている。その人のためにも震災は忘れてはいけない」と語り地震発生時刻の午後2時46分に黙祷を捧げた。
 故郷の宮城県気仙沼市の沿岸漁民への支援にと平成23年から2年間で小型漁船32隻を送り、昨年10月には3年ぶりに故郷へ足を運び支援船でワカメ漁などする漁師に会ってきた中澤さんは「支援船の全てが今も活躍し、ワカメ漁などは震災前の水揚げに戻ったと聞いている。あの時、稚内や利尻の漁師、船の運搬に協力してくれた人には本当に感謝しております。互いに水産の街であるが故に海の男たちの絆の深さを感じた」と振り返った。
 今でも気仙沼の漁師らと定期的に連絡を取り合い、最近も何通かの手紙が届いた。支援船の感謝の気持ちや漁の近況報告、街の様子などを綴ったものが届いている。
 震災後の数カ月後に現地に行き被災地の様子、6年間で5回気仙沼に足を運び復興状況を記録に残した写真など見ながら中澤さんは「復興は進んでいるが未だ仮設住宅に住んでいる人達も多い。被災者の人達は心に深い傷を持っているが前向きに明るく必死に頑張っている。水産の街の気仙沼がワカメなどが大漁になってくれば街はもっと活気を取り戻してくれる」と故郷の発展を願い、毎月11日の地震発生時刻には自宅で東北地方の南側を向き行っているという黙祷をし、犠牲者へ鎮魂の祈りを捧げた。