子供の頃、よく母の実家の2階から1階に飛ぶ夢を見ていた。今その家は取り壊され叔父が新しく家を建てており、階上への階段は上がりやすくなっているが、昔の家は階段が急で子供心に恐怖心があったのだろう。そのため下りる方が危なかしく体が浮揚し、すんなり下りていたのを覚えている。
 こんな書き出しをしたのは日曜夜のNHKBSで加藤登紀子さんが「人は昔、鳥だったかもしれない」というフレーズの歌を唱っていたからで、ふと想い出した。
 何時頃から浮遊する夢を見なくなったかは定かでないが、中学、高校と勉強が忙しくなり上京し大学、社会人と余裕のない生活をする中、夢で夢みたいことを思い浮かべることがなくなったことは確かなようだ。
 現実世界は夢など持たせる暇を与えぬほど厳しいものがあり、獏のように夢を食っては生きられないことを年と共に悟ってくる。
 逆説的に言えば一生夢を見て持って生きている人は羨ましい限りだ。
 あと1カ月もすれば入学式シーズンを迎える。中学校あたりまでは希望にあふれているだろうが、高校ともなれば段々世の中の厳しさを知るようになる。でも将来に夢を抱くのは若者の特権であり障害があっても持ち続けてほしい。
 夢を成就し芥川賞作家になった漫才タレントの又吉直樹さんが「火花」に続く2作目の執筆が思うように進まず葛藤する姿を映した番組をNHK特集で見た。二足の草鞋を履くのは並大抵でなく、夢の後には更に厳しい現実が待ち構えている。