仕事上のお付き合いだが知り合って30年近くなろうか、水産加工業の社長さんと話す機会があった。60人いる作業員の4分の1の15人は外国からの研修生だという。今はベトナムなどが中心だが、いずれ人口の多い中国やインドからの研修生で占められるだろうとも話していた。
 魚が獲れなくなり打撃を受けるのは沖底漁船の船主、組合だけでなく地元の水産加工業者であり、今スリ身加工できるのは稚内市内で1社しかない。
 とりわけスケソの漁が昔からみれば低迷しその卵を加工し紅葉子とし商売してきた水産加工業者のうち上手くホタテ加工などに業種転換できた所はいいが、大半は資金力や後継者の問題があり廃業に追い込まれ、沖底船同様あれだけあった水産加工場は数えるほどまでに減ってしまった。存続している業者も「辛抱しないと従業員に給料を払えない破目になってしまう」と窮状を訴える。
 宗谷のホタテやタコ稚内前浜のナマコ、定置網のサケ、コンブなど沿岸漁業の頑張りによって「水産稚内」の面目は保っているものの、底曳き漁に関しては漁がない上に漁船の老朽化もあって今ある6隻(オッター1隻、かけ廻し5隻)のうち数年後には漁を止める所もあるのでは―と案じている。
 60隻もの沖底漁船と魚を運ぶトラックが輻輳した稚内港(第1副港)の賑わいは今は昔の光景となった。その時代を取り戻そうにも海は変わり漁は先細りするだけだ。
 現実を直視し辛抱するだけでは芸がないがそうするしかないようだ。淋しい限りだ。