きょうの読売新聞の投書コーナー「気流」の40代後半の女性の話。学生時代は携帯電話なく友達に夜、宿題の事など聞くにも固定電話しかなく何かと不便だったが、授業では先生の教えを真面目に聞いていたという。
 今の子供たちは普通にスマホ含め携帯電話があり夜でも自由に連絡し合える。しかし、その便利さによってどれほどのものが失われているのか。考えさせるものがあった。
 恋愛だって始終メールで「好きだよ」などと遣り取りしているよりも忍び恋ならぬ偶の逢瀬が互いの思いを燃え上がらせる。本紙の読者にはそういう方々が多かったろう。
 今は稚内から東京まで一飛びの2時間ほどで着いてしまうが、昔は特急に乗っても20時間ほどかかり、大昔なら優に数カ月も要しただろう。歩くとしたらである。
 歩くというのは単に前に歩を進めるというのでなく、今時期であれば雪道の滑り具合を確かめ、例えば経営者としたら社員へのボーナス、逆に社員とすれば幾ら貰えるかな―などと思い描いては歩いているだろう。
 一飛びではそういう訳にはいかず考える間もなく目的地に着いてしまう。正に人間の頭を老化させる。
 タイムイズマネーも分るが、効率を追い求めるだけでは道半ばでなることがあり、回り道すると案外正鵠を得ることもある。
 突っ走るのは若者の特権だが、経験からは蹉跌することが多く、あれこれ考えながら歩くのも一案だろう。
 新年まであと13日。皆さんは何を思い何を考え来たるべき新年に向かっているのか。