昔、稚内・函館間の北海道を縦断する急行列車「宗谷」があり学生の時分、青函連絡船を乗り継ぎ青森からは上野までの直行急行「八甲田」に乗り、アパートがある西武新宿線の西武柳沢駅に着くまで29時間ほどかかった列車の旅。車窓から見える景色は本州に入ると一変し屋根がトタンから瓦に変わる。
 列車というのは人生の一こまに必ず現れ懐かしい思い出として心に残っているのだが、この列車の運行が危ぶまれている。
 JR北海道独自に運行できない路線の一つに宗谷線の稚内・名寄間が挙げられた。採算がとれない路線のためいずれこのような憂き目になることを予想していたとはいえ、冒頭の思い出もあり残念でならない。
 国は昭和62年の国鉄民営化によって鉄路維持はJRに委ね、道道、市町村道含め道路整備に予算を投入し、北海道は獣しか通らないのでは―と疑いたくなるような山中にも立派な道路を建設してきた。
 モータリゼーションが進み国の施策としては間違っていなかったのだろうが、鉄路はJRに任せっきりで、そのシワ寄せは北海道、四国に。JR移行時の国からの経営安定基金の運用は儘ならず、札幌ではJRタワーなどの経営に乗り出すも広大な北海道の鉄路を支えるには脆弱な経営基盤であった。
 自治体との上下分離方式での経営というのは自治体財政も厳しく、すんなり行かないのを分かっていながらの提案で、それだけ切羽詰っているということなのだろう。
 公共交通維持には国の助成が欠かせない。地方切り捨てなきよう望む。