百人百様の姿形があるように意見も百様ある。過日開かれた市民と市議との意見交換会以降、小紙に2人の読者から意見があり「読者コーナー」に載せたが、仲々手厳しい。
 筆者はやらない不作為が一番悪いことになると考えているので、このような意見交換会は是非開くべきだと思うものの、2件目の投書は「意味がない」とまで断じており、手厳しさを超え辛辣ささえ感じるものがあった。
 言論の自由が憲法で保障されており批判するのも権利なのだろうが、断罪するかの如く否定するのは如何なものか。批判する前に意見交換会に参加し自らの考えを開陳するべきでないのか。
 何をやっても批判するばかりでは前進はなく、議会が市民との直接対話の場を設けたことに先ず賛辞を送り「しかしながら」とくればいいのだが、批判だけありきの心持というのは苦境の稚内市の中で共に生きる市民として情けなさも感じる。
 市民誰しも稚内が活性するのを願っているのに、天邪鬼のようにするのは決して良い行いとは言えない。
 市長や議員が良かれと決断し実行した事も的を外すことがあるやも知れない。その是正などのため市民として知恵を貸す責務もあるだろう。
 この意見交換会は10日午後6時半から市立図書館でも開催する。1回目(10月31日)は参加できなかった筆者だが、2回目は参加し市民と議員の意見を虚心坦懐に聞いてみようと思っている。
 何か問題があった時だけでなく普段からの積み重ねが稚内市にとって大事なのは論を俟たない。