今年のノーベル賞文学賞に歌手のボブ・ディラン氏が決まった。小説家ではないが、楽曲の歌詞が世情に通じ人間愛、とりわけ弱い立場の人たちに寄り添い芸術性も極めて高いとしての受賞。このため日本の村上春樹氏はまたまた受賞を逃がしてしまった。
 外国のフォークシンガーなどに関心がない筆者でもボブ・ディランの名は聞いたことがあり、今から40数年前に流行ったガロの「学生街の喫茶店」での詩の一部「片隅で聴いていたボブ・ディラン」で、その名前は知っている。
 著名な小説など残していなくても受賞することに奇異な感はするものの、時代は常に動き変化しており、スウェーデンアカデミーの未来志向は否定するものでない。
 ノーベル賞の文学賞を日本人では川端康成が最初に受け、次は―と言われた三島由紀夫は自衛隊を占拠し割腹自殺。次には難解な文章の大江健三郎が受け日本文学も隅に置けないのだが、医学や科学分野に比べると極端に少なく、谷崎潤一郎らノーベル賞の下馬評に上がった作家さえ栄に浴せなかったのだから益々遠のくばかりだとの思いはしている。
 川端の「山の音」の表現は日本の自然を優雅に気高く深遠に表現したものであり、夏目漱石の「彼岸過迄」「それから」「門」など前・後期の6作品は学生諸君に是非読んでほしい作品だ。
 小中高校時代の読書はその後の人生の羅針盤となるので、できるだけ良質な本を読むようにしたらいい。勉強も社会に出て役に立たないと言う人いるが、それは嘘である。