2日前、函館に住む田中直子さんから「懐かしい‼」という書き出しの手紙を戴いた。稚内の友人から届いた荷物の中に一緒に入っていた稚内プレス。題字の形、新聞の大きさ数十年ぶりの再会に「思わず叫びそうになった」という。
 何と叫びたかったかは知らねど、思うに田中さん自らの人生を振り返り言葉では言い尽くせない思いを叫びたかったのでなかったのではあるまいか。
 「魚を満載したトラックが街中を走っていた活気にあふれたマチと友人の顔が次々と甦って胸が一杯になり、つい筆をとりました」と認めてあり、小紙にとっては新聞冥利に尽きるものであり、地方紙というのは道端のお地蔵さんのよう、茶の間に欠かせないようなものでいいんだとの思いも今はある。
 きょう15日から新聞週間に入った。全国あまたある新聞の端くれとして、昭和25年の創刊以来、66年間、普通紙(ブランケット判)の半分のタブロイド判で不定期から定期の日刊紙としてやってこれたのは読者の皆さんと広告(今はチラシも)を掲載して戴いたクライアント(広告主)のお陰であり感謝するばかりであります。
 メディアというのはいい事ばかりでなく批判的な耳の痛い事も報道しなければならず、その相手がよく知る身近の人もおり躊躇うことが間々あるものの社会の木鐸たる紙面作りも大事なことで、そういうことでは不愉快に思った人や会社などあったかも知れない。
 正義感だけで生きていけない。けれど市井に寄り添った報道に心寄せ弱きを守る姿勢を貫いていきたい。