私事で恐縮するが連休中の9日、妻の姉の13回忌があり、札幌からの姪家族らも参列し営まれた。
 義姉というのは子沢山で随分と苦労した人であり、逝った歳も確か70歳に届かず、今の女性の平均寿命を待たずして、それこそ急いで逝ったような薄幸な人であった。法事に出られなかった子供もいたが、それでも30人近い参列者となり、苦労を厭わなかった在り日を偲んでは供養した。
 札幌は兎も角、稚内に居ても仲々会うこと叶わず疎遠にしている親類同士が一堂に会し一刻を過ごすのは血がつながっているということもあり素直な心持も表れ、血のつながらない筆者も希少な時間を送らせてもらった。
 法事で仲好くする子供たちを見るにつけ「いずれ(この子らが)夫々家を背負っていくのだな」との感慨にも及んだ。
 私事はこれくらいにし10日の読売新聞にフランスのミッテラン元大統領に恋人がおり子供も出来、ミッテラン氏が亡くなった1996年1月の葬儀に参列した母子2人の姿の写真も添えられた記事が載っていた。ミッテラン氏は45歳の時から19歳の女性に延々と1200通もの恋文を送っていたのだという。「恋の書簡」という見出しが躍っていたが、26歳も離れた女性に恋焦がれ120通ではなく、その10倍もの恋文を送り続けたミッテラン氏。その情熱的な行動で2人の間に出来た女性はその後どのような人生を歩んでいるのか。
 義姉の法事を終え家族のあり様を考えさせられた時だっただけに心に残る記事ではあり、人生の無情を感じたものだった。