八百万の神々が出雲大社(島根県)に集まるため神が居なくなる月の神無月の10月に入った。8~9月にかけての台風など天候異変は影をひそめ秋晴れの好天の中、きのう朝、中央地区を歩いているとバス停に小学生の集団がおり、尋ねてみると郵便局に社会見学を終え学校(東小)に帰るところだという。10時前の事であった。
 子供というのは元気がある。それを若さというのだろうが、若さというのは馬鹿さに通じるところもあり、未熟さ故に他人のことなど構わない言動をし傷つけ自らも傷つけることがある。
 しかし若さも勉強をしスポーツをし経験を重ねていくと馬鹿さ加減が取れていくものだが、その経験の都度思考しなくては成果になりえず、人としての成長は滞ってしまう。
 人間には楽観主義者と悲観主義者に大別されるが、楽観主義者は物事を深く考えない嫌いがあり、一方、悲観主義者は考え過ぎるくらい熟慮するものの、躊躇した分、結論が遅れ運が向かない。
 というわけで社会で成功する人には楽観主義者が多いようだ。
 釣瓶落しの秋になると妄想するかの如く哲学者になり詩人にもなるが、現実には日が暮れるのが早いと外仕事の場合は稼働時間が短くなるし、中の仕事とて外が暗くなると里心が助長される。
 申年も残り3カ月。最後の四半期を迎え遣り残しがある人は最後の頑張りをしなければならないし、上手く来た人はもうひと踏ん張りするのが宜しいか。
 景気は良くないが、悲観を装って楽観的に障害を取り除くことにしましょうかな。