サハリンと一衣帯水にある稚内にとって生命線と言っても過言でないサハリン航路の今年の運航が終わった。コルサコフ港間で14往復24便運航し、ロシア人336人、日本人154人など511人が搭乗した。1便当たり21人ほどと定員80人の4分の1程度で「期待ほどでもなく稚内にとって生命線とは言えない」との批判もあるがそうは思わない。定期航路再開の先鞭をつけた初年度の運航としては北海道サハリン航路(HSL)の藤田幸洋社長が「80点だった」と言うように成功の評価をしてもいい。
 来年は6月からの運航を計画しており、280㌧と小型だった故に安全面、ひいては定期運航に難があった双胴船から貨物も運べる貨客船にしたいとの意向もあり、運航主体のサハリン海洋汽船(SASCO)とHSLとの歩調を揃えた実行力を期待したいものだ。
 このサハリン航路運航に関して稚内市は今議会に運航補助費として3340万円の予算を計上した。サハリン州も同額補助を決めており、互いに航路を絶やさず維持していこうとするもので、航路維持は日ロ双方の親善に寄与し北方領土問題にも好材料になるのでは―と個人的には思っている。
 こんなことを書くとまた批判されそうだが稚内とサ州のように途切れない交流は、日本とロシアとの善隣友好の架け橋になるやも知れず、是非とも本格的な航路再開を期待したいものだ。
 戦前の稚泊航路、浜森市長らによる当時の利礼丸(150㌧ほど)を使った友好使節団等々。歴史は脈々と受け継がれている。