ヤクルトでは古田選手の控えキャッチャーとして後塵を拝した宇佐美康広氏。母校大谷高野球部の技術と精神鍛錬で来校。百里の道も1歩から。是非甲子園を目指してほしい◆控えといえば曾つて「北海の鉄腕」として鳴らした貝森好文氏がいた。稚高から法政大学に進学したが、1年遅れで江川卓投手が入り順調とは言えなかったものの、大谷高では野球部監督として3度もあと1勝で甲子園という強豪校に育て上げた◆野球部員は栄光の歴史を持つ先輩諸氏に支えられていることを忘れず目指すはただ一つ。