終戦記念日が15日にあり元々気忙しいお盆なのに、今年はリオ五輪ともカチ合い、おまけに甲子園大会も開かれており、休む暇がないほど慌しい。例年なら父方の墓がある紋別に墓参りに出掛けるのだが、今年は母親を名寄の病院に連れて行ったため、紋別の蒲鉾はお預けとなり御容赦願うものです。
 お盆時期になると稚内も帰省の墓参りの人たちで賑わう。稚内を出て札幌や東京などに居を構えた人たちだけでなく奥さんや子供なども一緒に里帰りするのだから、13~16日頃までの瞬間人口は今の3万6000人よりは勿論多く、昭和40年代後半の稚内最多の5万8000人をも上回るのでなかろうかと思うくらいに人、人でごった返す。
 毎年、これといって理由がないのに拘らず年間600人は人口が減ってしまい、10数年後の3万人割れが確実視される中、お盆の墓参りにこれだけ人が集まるのは故郷稚内を出て頑張っている人が多いということだが、その後の波が消えたあとのような有りようには淋しさが募る。
 本紙の葬儀広告でも分かるよう稚内以外に住む喪主・施主さんの多いこと。この中には稚内で働き住み続けたいが仕事がなく止むなく地方に出て行った人も少なくなかろう。
 筆者も一度は稚内を出た身だが、故郷に戻り今の稼業を続けている。都会に住んでいても田舎者には住みやすいわけはなく〝都会砂漠〟にいた当時を思い出す。
 人を呼び止め戻ってもらう術というのか活性化策ないものか。「故郷は遠きにありて思うもの」では駄目だ。