お盆の月である。我々、現在を生きている者たちが墓参りし先祖の霊を慰める。日本国民大移動の日々がやって来る。稚内ではその前の今週末に第56回みなと南極まつりが華々しく催される。夏の月でもある。
 先週末、アーケード街を通ると子供たちや町内会、団体や企業などが作った折り鶴が束になって飾られており短冊には平和を祈る文言が書かれていた。 「核兵器のない平和な世界を」と記されたものもあり、何万発もある核兵器の脅威に我々人類が晒されていることを改めて思う。
 世界の平和には夫々の国・地域での平和が保たれていなくてはならず、ひいては北海道そして稚内、更には家庭が平和であることがベースになる。自分の家庭が平和でないのに世界の平和論を説えても空念仏に等しい。
 私どものような事業(新聞発行)をしていると、自分の事を棚に上げて他人様の事を書かなければならない。行政の事、事件・事故の事等々である。
 人の事を論うのに資格は要らないものの、それに足るべき素養は必要だろう。だから以前から何度も小欄などで書いているよう身の回りの綺麗さが求められる。人を騙したり嘘をついてはいけないし法や社会のルールを守って行かなければならない。神でもないのだから完璧な人間などいるはずはないが、努力し他人様から見ても納得する人間性を有しなければならない。
 先祖があって今の世の中に自分がおり、いずれ自分も先祖になる。その時のためにも尊崇される先祖になるよう今を頑張らなければなるまい。