世界各地でテロなど殺戮があり日本でも繁華街での無差別殺人等々、人間の愚かさを露呈する行為が絶えることがない。国内では20代の若者が「誰でもいいから人を殺し死刑になりたかった」などと言って犯行に及んでいるが、自死するなら他人に迷惑かけずに逝けばいいし、親子心中なども子供を道連れにするな―と声を大にして言いたい。子供には将来があるのだ。
 のっけから甚だきつい表現で恐縮する。余りにも非道な行いが多過ぎて思いの丈をぶちまけさせて戴いた。大人げないと言われたら抗弁しようもないが、子供を道連れにすることには怒りが収まらない。
 そりゃ世の中は矛盾に満ちており頭に来ることもあろう。しかし意趣返しとして人を危めてはいけない。生きていたって「どうせ良い事ありはしない」というのは勝手だが、他人の人生を終わらせてはならない。
 何億分の一か何兆分の一か、人が生まれてくる確率というのは天文学的に低い数字であり、生まれてから亡くなるまで夫々曰く〝人生〟を送る。天寿を全うする人も偶にはいるが、大方は病気で、事故で人生を閉じてしまう。しかし、その夫々の人生を「誰か人を殺したかった」と閉ざされては堪ったものじゃない。
 昨日未明に神奈川県相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件はその「誰か人を…」を進め障害を持つ人不要論を訴え残虐行為に及んだ。犯人は今年2月までこの施設に働いていた26歳の男である。被害者への哀悼と共に犯人の前兆行動への適格対応を求めたい。