函館近くの北斗市で親から躾だとして山中に置き去りにされ懸命な捜索にも拘らず1週間見付からなかった小学2年生の男の子が無事に発見された。食料もなく水だけ飲んでいただけだというのに衰弱はそれほどでもなく家族や親戚ばかりでなく誰もが生存の朗報を喜んだ。
 置き去りにされた現場から6㌔ほど離れた自衛隊演習場内の小屋にいたのを捜索中でなく演習で一服しようとした隊員によって発見されたのだという。
 正直、ダメか―と思っていた矢先の朗報に日本全国の人たちが安堵したことだろう。生命力のある少年なのだろうが、神の御加護によるものか。
 詳細ははっきり知らねど躾として置き去りにした親はどれほど後悔していることか。幸運がなければ亡くなっていたかも知れず、行き過ぎた躾は大いに反省するべきだ。
 最近の若い親は躾と称して幼児に対し虐待もどきの事をする例が多いが、今回も酷な言い方だが厳しすぎる躾だったように思う。
 親にとって自分たちが考えたように行動しない子供に歯がゆさもあるだろうが、相手は小学生だったり乳幼児だったり幼気な子供である。他人ならまだしも親は無上の愛情を注がなければならないのに、それどころか体罰も超えた虐待もあり、度を超えた事はするべきでないし、自分が子供の時分はどうだったか―と考えれば自ずと答えは出るであろう。
 親から見れば子供であっても別の人間であり自分の支配下にあるものとは考えない方が良い。今回は助かったからいいものの、最悪の事態も。心したい。