仕事でも普段の生活でも付き合いのあった人が亡くなるのは淋しいものだ。以前、富岡に住んでいた頃の向いの坂田忍さんと、はまなす地区の小紙を配達していた頃の柳田精三さんが亡くなった。
 坂田さんとは近所の好で挨拶を交わし世間話をする程度の付き合いだったが、子供同士の仲が好く行き来していた。病気になり札幌の病院に入院し縁遠くなってしまったが、今回の訃報には年齢も近いだけにショックを受けている。
 柳田さんとは配達を通じ知り合い、会話の中で国鉄職員だったことが判り、小社の先輩記者をよく知っており矍鑠とした人の気を逸らさない人柄に魅力がある人だった。
 お2人とも特に深い付き合いではなかったが、他人に対し優しさがある方だったので筆者も心が和むことが多々あり、大事な人をなくしたという気持ちは強い。
 この10年ほどは結婚式は数件しかないものの、お葬式に列席する頻度は高まっている。それだけ関係する人たちが旅立たれているということである。
 若いうちは自らの死など考えたこともなかったが、今回のよう近い年齢の方が逝くというのは病気があったとしても「最後の20年」にある己を自覚するばかりだ。
 息子に子供ができ、孫たちの成長する姿を見るにつけ「爺」「婆」を何の躊躇いもなく受け入れている。白髪が増え確かに爺然・婆然とはなったが、まだまだ若い者には負けていられないとの心持もある。せいぜい健康に留意し長生きしますか。努め通りにならない因果ありますがね。